昨年大学を定年退職する時に大学で行った最終講義と、泌尿器科の地方会で最期に行った学会発表は「進行癌も治る(可能性がある)時代になった」という内容でした。この話を理解してもらうには、前回ブログでも少し説明した「がんとは何か」「がんが治るとは何か」が理解できないと不可能です。大学の講義や学会発表ではこれらの基本的な事項を説明する必要はありませんが、医療関係者以外の方が理解するにはこれら基本的事項の理解が必要です。また世の中に蔓延る「がんに対するインチキ医療」を見破る簡単確実な方法も実はこの理解にあります。
I. 「がんとは何か」
「がん」は皮膚や消化管などの上皮由来を漢字の「癌」といい、上皮以外の由来を「肉腫」と言って、両方を合わせてひらがなの「がん」と言います。だからすべてのがんを治療する「がんセンター」は「平仮名」なのです。そして「がん」(Cancer)の定義となると、概念的には明らかですが、実は曖昧な部分もあります。米国がん研究学会(AACR)機関紙のMolecular cancer research2023年版にJohns Hopkins cancer centerのPienta氏らがまとめた「がんの定義をアップデートする」という論文には、一般に用いられる米国国立がん研究所の「からだの細胞の一部が制御不能に増殖し、他の部分に広がる病気」という定義や米国がん協会の「体内の細胞が変化し、制御不能に増殖する疾患群」という定義が用いられるほかウェブスターや各種辞典では様々な説明が用いられていると提示します。しかし彼らは、遺伝子分野を含む最新の知見を総合して、「がんとは形質転換した細胞の制御不能な増殖の疾患」(Cancer is a disease of uncontrolled proliferation by transformed cells.)と表現し直しました。私もこの定義で正しいと思います。形質転換は細胞が幹細胞から分化して本来の役割を果たす細胞にならない状態であるとも言えるため、「脱分化」であると言えますし、元の場所から異なる身体の部位でも転移して増殖する機能を形質転換によって獲得した状態とも言えます。前回ブログでも示した様に、私はとにかく「脱分化」(本来の分化から外れる)と「無限の増殖」が「がんに必須の条件」であると考えます。他部位への転移は必須条件ではないでしょう。何故なら急性骨髄性白血病の様に実質臓器に転移を来さず、血液内で無限に増殖して死に至らしめる「がん(肉腫)」もあるからです。
少なくとも「がん」や「がん治療」を語る人がいたら「がんの定義は何ですか?」と問うて下さい。この定義を正しく答えられない輩はたとえ専門家を名乗っていても「似非」「信用できない」と断定して良いです。
II. 「がんが治るとは」
がんが治るとは「がんの定義」が理解できれば意味も理解できます。つまりがんが「体細胞が脱分化(形質転換)して無限増殖能を得た状態」なのですから、(1)「がん細胞が本来の分化に戻る」状態になれば「がんが治った」と言えますし、(2)「無限増殖能が消失」すれば「治った」と言えます。また存在するがんを(3)「全て切除」して取り除いても「がんが治った」と言えます。(3)については外科手術により全てのがんを取り除けば治ったと言える事は解りやすいと思います。
分化誘導によるAPL治療
(1)の「正しい分化に戻す」は急性前骨髄球性白血病(APL)に対する活性型ビタミンA内服治療が有名で、これは1990年代に中国と日本の血液内科医を中心に発展した治療法です。その開発経緯は2017年8月号の臨床血液誌に詳説されています。その機序はAPL細胞がビタミンAによって分化成熟を誘導して通常の好中球に戻ることによると説明されています。(2)の増殖能を消失させる方法は、各種の抗がん剤による代謝やDNA合成障害作用、強力な放射線治療によるDNA切断作用も含まれます。(3)の「がんを取り除く」で最近注目されているのは「自己のがん免疫を高める」ことによる治療です。これは2018年のノーベル医学生理学賞に輝いた本庶佑先生の発見による所が大きいものです。身体の中で免疫が働くのを抑えるPD-1というT細胞表面にある分子を抗体でコントロールすることでがん免疫を暴走レベルまで高めて免疫治療の力を強く発揮させる治療法です。当初悪性黒色腫や一部肺がんにしか保険適応がなく、1年使用すると家が建つほど高価であった薬剤も「あらゆるがんに効果がある」事が解り、多くのがんに保険適応が広がった事で薬価もかなり下がり(それでも1回10万円以上しますが)、私も多くの進行癌患者さんに使用して余命3か月以内と思われた進行癌の患者さんが年単位で元気に過ごしたり、他の治療と組み合わせてほぼ完治に近い状態で過ごしている患者さんもいます。免疫治療以外にも、新しい抗がん剤と従来の治療法を活用することで、初診時に多数の骨転移、リンパ節転移のある前立腺癌患者さんがほぼ完治に至っている例も多数経験しています。これも「がんの増殖能を無くし、免疫的にがんを取り除く」事で「がんが治った」状態に至らしめた結果です。
ある治療法が、「がんに効く」「がんが治る」事を宣伝する人がいたら「がんが治る」と言う定義の中で、その治療法がどの作用「分化させる」「無限増殖能を断つ」「取り除く」によって効果を発揮することが証明されたのかを必ず説明させて下さい。それが明確でないものは「似非」「インチキ」と断定して良いです。
III. 良性腫瘍と悪性腫瘍の違い
消化器系の良性腫瘍はポリプなどと表現されますが、良性と悪性の根本的な違いは無限増殖するか否かにあります。また一般的に良性腫瘍は本来の細胞分化からの逸脱も小さく、本来の細胞に形状が似ているものが多いと言えます。良性であっても時間をかけてかなり大きく成長してしまう物もあり、それらは外科切除が必要になります。また成長して行く過程で一部ががん化して悪性に転化するものもあります。この「がん化」、「悪性に転化」とはどの様な事かを次に説明します。
Ⅳ. 幹細胞(Stem cell)が分化する過程で遺伝子変異を起こすのが腫瘍である
傷が治るのも、貧血にならないのも、病気が快復するのも、全て体中の各組織にある、それぞれの組織の基になる幹細胞が壊れた細胞の跡に新たな機能する細胞を供給してくれるからです。神経細胞や心筋細胞は再生が困難とも言われてiPS細胞(induced pluripotent stem cell人工的多能性幹細胞)を使って再生が試みられていますが、一般の組織は自然に備わった幹細胞が再生してくれます。しかし幹細胞が増殖、機能分化する過程で遺伝子変異が起こって正しい方向に分化せず、また統制された増殖を超えて無限に増殖する機能をもってしまったものが「がん」なのです。統制された増殖に留まっていれば「良性腫瘍」ですし、無限増殖に至れば「悪性腫瘍」になります。つまりがんの本態とは「遺伝子変異」にあると言えるのです。
V. ドライバー変異、パッセンジャー変異
がん化、つまり本来の機能から脱分化して無限増殖に至る根本原因となった遺伝子変異を「ドライバー変異」と言い、がん化したことによって付随的に起こった遺伝子変異を「パッセンジャー変異」と言います。がん治療薬にはこのドライバー変異に対処するものや、パッセンジャー変異によって作り出された物質を感知してそれを作る細胞を攻撃する物など種々あります(上図)。がん細胞もこれらの変異以外の遺伝子は元々の自己遺伝子と同一ですから、がんを攻撃する「がん免疫」は全体から見ればこれらの僅かな変異によって生ずる異質なタンパク質を「排除すべきがん細胞が作っている」と判断して攻撃するのです。しかも攻撃される「がん細胞」の方は、基本的に自己と同じ起源(遺伝子)を持つ訳ですから、「いや私は自己細胞と同じものだから攻撃しないで下さい」と免疫を抑制するPD-L1を発現して免疫細胞による攻撃を回避しようとします。このPD-L1は正常細胞が自己免疫疾患を防ぐ目的で発現することもあり、全身の正常細胞が発現する能力があります。がん細胞ががん免疫を免れて成長するメカニズムの一つがこれです。また抗体を形成する免疫グロブリンの中にも、免疫寛容状態を誘発するIgG4ががんで増加していることも指摘されており新型コロナワクチン反復投与によるIgG4増加とがんとの関連も示唆されています。
免疫細胞が出すPD-1と攻撃される細胞が出すPD-L1による免疫抑制とそれに対する新規薬剤の関係
VI. 遺伝子ワクチンによる正常細胞の異物産生はがん免疫を惹起する?
前項で正常細胞の僅かな遺伝子変異で本来作らないがん関連蛋白を自己の細胞が作っている事を、がん免疫は感知して「排除すべき細胞」と判断していると説明しました。生物界で使用されたことがないmRNAを正常細胞に投与してウイルスのスパイク蛋白を作らせて、その蛋白に対する中和抗体を自己の免疫細胞に作らせることで感染を予防する、という新型コロナウイルスワクチンが製品化されて、しかもいきなり世界中の健常人に使用するという大胆な実験に対して、がん免疫を研究してきた私は「mRNAを注入されて異物を作らされる正常細胞はどうなってしまうのか?」というごく自然な疑問がわきました。
2020年当時、医学専門の検索であるPubmedなどをいくら探してもmRNAを注入された正常細胞がどうなるのか研究した論文が見当たりませんでした(現在でも)。所謂ウイルス感染症において、ウイルス感染を起こして細胞内でウイルスが増殖した細胞は、細胞内でインターフェロンなどを産生してウイルスを排除するか、排除しきれなかった場合は、自己の免疫細胞がウイルスと共に感染細胞も排除するのが普通ですが、分解されない特別なmRNAを注入されて異物であるスパイク蛋白を作り続けている正常細胞は、自然界においてはがん細胞と同じと見なされて攻撃されるのではないかと考えるのが普通です。mRNAを外界から投与するという感染防御機構が生物の進化の過程で存在しないメカニズムなのですから、自己免疫システムがスパイク蛋白だけを作り続けている自己正常細胞をどう判断するかは未定なのです。そして自己の免疫システムが排除すべき細胞として攻撃してきた場合、当然スパイク蛋白を作成している正常細胞は攻撃を避けるためにPD-L1を発現して免疫回避を図ると考えます。
ワクチンによる副作用報告は全身に出現する
VII. 新型コロナウイルスワクチン投与を受けた患者の末梢血白血球のPD-L1が上昇という論文
オーストリアのLoackerらは、Clinical Chemistry and Laboratory Medicine(2022)に、新型コロナウイルスワクチンを投与された人の末梢血顆粒球表面のPD-L1が増加しているという論文を発表しました。PD-1ではなくリガンドのPD-L1発現が増加した機序は不明と考察されていますが、上腕筋肉内に投与されたmRNAは全身全ての臓器、細胞に分布されることは証明されているので白血球の様な循環細胞内にも作用し得てこのような反応を惹起しているのではないかと推察されます。いずれにしてもPD-L1の発現は自己免疫疾患の出現を抑制すると共に、結果的には総合的な免疫力低下につながる事は明らかです。そして体中の多くのスパイク蛋白を産生している正常細胞がPD-L1を発現すると、一日数千個出現するとも言われるたまたまPD-L1を産生している細胞がいる組織にできたがん細胞が免疫による排除を逃れて臨床的ながんに進展する可能性があります。遺伝子ワクチンによるがん増加や、進行が急激である「ターボ癌」のメカニズムはこのような事と思われます。
論文内の顆粒球(Gran)、単球(Mono)のPD-L1がワクチン投与者(緑)で増加しているという図(非投与者コントロールは左側)
以上、今回は「がんとは何か」「がんが治るとは何か」、「がん化と遺伝子異常」、「遺伝子ワクチンとがんの関連」について説明しましたが、次回以降「脱分化の違いによるがん悪性度の違い」「無限増殖の速度の違いによる悪性度の違いと健康診断の意義」「がん治療はもう一人の自分(体内にできた自分の分身)を殺す事」「進行癌がどうやったら治った?」といった事について説明したいと思います。